海蔵寺 石組庭園
かいぞうじ いわぐみていえん
海蔵寺は室町時代に創建された曹洞宗の寺院である。江戸初期(1689)に境内を整備し石組庭園(いわぐみていえん)が造られる。平成10年(1998)に大正15年山津波に埋まった江戸初期作庭の石組庭園を、日本庭園研究会・吉川功にて復元。
広電「草津」駅から山陽本線の踏切を越え、石段を登っていくと海蔵寺がある。無料の専用駐車場もあり、北側にある古江中央霊園の入口からアプローチできる。本堂裏手には元禄時代(江戸初期)に作庭された石組庭園(池泉庭園)がある。
急峻な山畔を控え、上部には刈込み、下部には集団石組で護岸石組を造っている。日本庭園研究会会長も努める作庭家・吉河功によって修復されたこともり、庭園の解説がされているのが良い。
池泉に西部(左手)には滝石組がある。少々分かりにくいので、次の写真で解説を。
青ラインが滝石組である。解説によると
「現在の水源は滝から落ちるごく少量の水と、池底からの湧水であり、年間を通して枯れる事はない。かつて山畔から滝石組に落ちる水はもっと豊富であったと考えられる。」となっているが、訪問時は水は涸れており涸滝石組となっていた。また、赤マーカは横石を主体に組まれ、まるで滝を連想させるような石組である。ただ、復元当初の写真と比較すると石が土で埋まってきており、石の存在が弱まっているのが分かる。
先ほどの2ヶ所を別角度から撮影。滝石組は「滝口から滝口下の流水部分は深めに掘り、石を狭く組み渓谷の景色を表現。また滝口下からの落水で滝壷が出来るのを防ぐ為二枚の平石を滝口下に組む技法は本庭園の見所」と解説されているが、当初の様子と違うのだろうか、理解できなかった。
さらに別角度から滝石組を撮影。
護岸石組は豪壮さを感じさせるものである。
広島市には江戸初期に作庭された 縮景園があるが、広島原爆により一度焼失している。そのような時代背景のなか、破壊を免れた海蔵寺の古庭園は貴重なものである。
○ | 池泉庭園の護岸石組が集団石組となっており豪壮さを感じさせる。 |
× | 復元当初から植栽が生長し過ぎないようび整備されているのは素晴らしい。ただ山畔上部が流土により横石が半分埋まっており、石の存在が弱まっているのが残念である。 |