出石城 本丸跡庭園
いずしじょう ほんまるあとていえん
江戸初期(1604)に但馬出石藩の藩主・小出吉英によって出石城として築城。本丸御殿は現存していないが、御殿に面した庭園はいまも残されている。
本丸跡に残る小さな池泉は、目を留めて見学している人は居ない。当時は右手に本丸御殿があり、御殿座敷から観賞する池泉観賞式庭園であった。
池泉の形状を荷丸跡から見下ろすと、瓢箪型の池泉になっている。
解説されないと、中島に2つの橋が繋がっているだけにみえるが、図解すると、、、
このようになっている。中島は亀島をかねており、亀の頭と尾に見立てた亀頭石と亀尾石があるが、どちらが亀頭石であるか判別できなかった。池泉の奥には滝石組を設け、タマリュウのような植栽で覆われてしまっているが、流れで池泉へと流れ出る。左奥には三尊石もみられる。
角度を変えて、滝石組と流れと石橋を撮影。
滝石組は三尊石のような意匠。
三尊石は立石と伏石で構成されている。また切石の石橋は4ヶ所に橋添石を配して、1つは立石となっている。
亀島を石垣側から撮影すると、右側の石が亀頭石にも見えてくる。
本丸跡隣の鳥居は荷丸跡へと続く。
荷丸跡から出石町を見渡す。ちなみに、出石城は続・城100選にも登録されている。
○ | 石垣の麓に、池泉観賞式庭園が江戸時代から残っており、周辺の雰囲気と相まって小さくも重厚感がある。 |
× | 滝石組とその流れが植栽で覆われているのが残念である。 |