目黒邸
めぐろてい
目黒邸は江戸中期(1797)に11代五郎助が建てた豪農住宅。大庄屋の役宅もかねており、邸宅庭園は江戸時代に作庭されたものであり、邸内には大正時代に撮影された庭の写真も掲示されている。
中庭越しに目黒邸を撮影。寄棟造の隠れ座敷「椽亭(ちょてい)」は修繕工事が行われ、ブルーシートになっている場所があったため、いつか再訪が必要だ。
沢飛石の手前に巨石を中島風に配置し、奥には滝石組がみえる。沢飛石の先には赤い鳥居の稲荷社がある。
滝石組を手持ちのスローシャッターで撮影。Sony7αⅣに手ぶれ補正レンズ FE 24-105mm f/4 G OSS を組み合わせて1/10秒で撮影。
目黒邸の中庭は沢飛石と滝石組が主景となるが、滝石組の周りの草木が多いため、滝の存在が弱まってしまっているのが、やや残念なところ。
寄棟造の隠れ座敷「橡亭(ちょてい)」を撮影。明治37年(1904)に建築された二階建て。(現地には明治34年建築と表記されていたが、文化庁の文化遺産オンラインの記載内容を正とした)
猛暑の8月に訪問したこともあり、池泉の水はほぼ涸れていた。
水が涸れている(もしくは工事で抜かれている)ため本来の光景ではないが、緩斜面を活用した池泉庭園で、苔付いた風合いある石で護岸を構成している。
池泉に石灯籠を設け、火袋に灯火できるように沢飛石で近づけるようになっている。
やや小振りな二段落としの滝石組。滝壺の位置に大きな平石を置いているのが特徴的。
内縁には土間を設けており、雪国ではよく見られる形式である。
旧会津街道沿いは上下二段の池泉となっているが、草木が多く分かりにくく、写真左が上段で右が下段の池泉である。
上段の池泉から下段に落とされた小滝。
目黒邸 配置図 [ 案内図を拡大する ]
○ | 沢飛石の横に巨石を置き、沢飛石の奥に滝石組を配置するバランスが良い。 |
× | 橡亭から眺める庭園は座敷から眺めることで、座敷と庭園が一体化した光景となるが、座敷に立ち入ることができない。 |