天台宗寺院である蓮華寺の創建時期は不明。現在地で再興されたのは江戸初期(1668)。作庭時期は記録より再興時期に造られたものである。作庭家は武将にして、詩仙堂や一休寺の作庭家として知られる石川丈山(じょうざん)と伝えられるが、庭園研究家の重森三玲(しげもりみれい)により作風からその可能性は否定されている。
比叡山の麓にある天台宗寺院の蓮華寺。正面には池泉庭園、右手には苔庭と2方向のW額縁庭園が楽しめる静寂な書院である。
池泉に架けられた石橋の奥に流れがあり、奥行きのある庭園であるが、写真は書院からのみ許可されている。奥の様子は実際に訪れて見て頂きたい。池泉中央には舟石を据えている。
蓮華寺庭園の見所である舟石と石橋。舟石は書院側を向いており、仏が住む清らかな世界である浄土を此岸(しがん:この世)に見出す入舟となっている希有な舟石である。一般的には向こう岸に浄土を見いだす出舟である。
石橋を支える石と石橋に僅かな隙間がある。これは意図した意匠であるのか、長年のなかで隙間ができてしまったのか分からないが、私は前者と思いたい。この僅かな空間が実に美しい。
先ほどの橋添え石は鶴石、そして橋の先は中島になっており、亀島に見立てている。写真左の立石が亀頭石とされる。そしてモミジで隠れ分かりにくいが、中島全体が蓬莱山とされる。蓬莱山とは、不老不死の仙人が住む山とされ、その庭園には長寿の象徴である鶴亀に見立てた石組があることが多い。
こちらが書院に飾られていた冬に撮影された写真であり、蓬莱の様子がよく分かる。新緑や紅葉時期も美しいが、蓬莱庭園の魅力は感じ取るには冬がお薦めな寺院だろう。
土蔵へ向かう苑路。苑路からの撮影はできないが、遠路の先からは石橋の先が中島になっている様子や、石橋の奥にある流れを見学できる。
書院左手は苔庭となており、いくつかの立石を据えている。
京都市内から離れた場所で、周辺に観光寺院はないため、京都の庭園の中でも静寂な空間である。無料駐車場も完備しており、冬期に改めて訪問して蓬莱庭園を味わいたいと思った。
○ | 静寂な書院から、浄土を此岸に見出す入舟となる舟石と、石橋と鶴石の美しい組み合わせを愉しめる。 |
× | モミジが豊かで、冬期以外は蓬莱庭園の魅力が隠れてしまっている。 |