平安時代(809~823)に嵯峨天皇が離宮嵯峨院(いわゆる別荘)が造られ、同じく平安時代(876)に大覚寺と改められる。明治初期まで代々天皇や皇族が住職を務めた格式高い門跡寺院である。大覚寺はお堂エリアと大沢池エリアがあり、大沢池は日本最古の庭池となる。お堂エリアには庭湖館の前庭に小堀遠州によって作庭された池泉庭園があるが、特別時期のみの公開である。
大覚寺の国指定名勝庭園は大沢池エリアになり、本記事はお堂エリアを紹介する。お堂エリアには小堀遠州によって作庭された池泉庭園もあるが通常非公開となっている。2022年1月時点では直近に公開されたのは2019年に公開されており、毎年の公開ではない。
皇族などによって住職を務めた格式ある門跡寺院の大覚は、筋塀(すじべい)にて寺院の格式が分かる。筋塀には5本の線が引かれており定規筋(じょうぎすじ)と呼ぶ。これは皇族が出家して住職を務めた門跡寺院の土塀の壁面に、その証として5本の定規筋を引いたのが始まりであり、この定規筋の数が寺の格式を表す。もちろん5本線が最高格式だ。
重要文化財の宸殿(しんでん)と村雨の廊下に挟まれた中には美しい苔庭がある。
苔の中には直方体のような石をずっしりと据えている。
風合いのある石は時代を超えた美しさを放っている。
御影堂(えみどう)と正寝殿の間の中庭。正寝殿の奥には通常非公開の庭湖館があり、小堀遠州によって作庭されたと伝わる池泉庭園がある。2019年の「奉祝 天皇陛下御即位 京都非公開文化財特別公開」に公開されたようだ。
この中庭には三尊石組が見つかる。
御影堂から石舞台と勅使門を撮影。この白砂庭園は夜間貸し切りによりイベント会場として利用できる。
五大堂(本堂)から大沢池を撮影。この大沢池は人工池であり、日本最古の庭池にして京都最古の庭園となる。別途料金が必要であるが、日本庭園好きであれば大沢池を訪れないのは勿体ない。
大覚寺 参拝マップ(パンフレットより引用) [ 案内図を拡大する ]
○ | 中庭となる苔庭に据えた石が力強く美しい。 |
× | 小堀遠州によって作庭されたと伝わる池泉庭園が通常非公開になっているのが残念でならない。 |