如法寺は江戸前期(1669)に大洲藩主・加藤泰興(やすおき)によって開基された臨済宗妙心寺派の寺院。境内には江戸中期に作庭された池泉庭園や、重要文化財の仏殿がある。
国指定名勝の臥龍山荘庭園から車で5分程の距離にある如法寺。重森三玲の「日本庭園史体系」にて掲載されている江戸中期の池泉庭園だ。
5月、6月には睡蓮が咲く不生池は、鶴亀庭園になっている。
図解すると不生池には左手に亀島、右手に鶴島を配している。ちなみに鶴島、亀島は日本初の作庭家ともいわれる臨済宗の禅僧・夢窓疎石(むそう そうせき)が室町時代に流行させたとされる。その後、鶴島・亀島はしばらく途絶えるが、江戸時代に千利休に師事した茶人としても知られる小堀遠州が枯山水に鶴島・亀島に復活させたことで再び流行する。(出典:日本庭園 観賞のポイント55 著:宮元健次)
鶴島と亀島には橋を架けており、亀島は低めの護岸石組で囲まれている。亀島の築山には中心石らしきものも確認できた。
庫裏の右手(東側)から庭園へ出ることもできる。(庭園の出入口に扉があり、お寺の方が不在時は閉められている可能性もあるので、訪問前に確認したほうが良いだろう。)不生池の護岸石組は地面と高さを揃え、池には僅かに顔を覗かす石がある。そして、出島から石橋で鶴島へ渡れるようになっている。
こちらが鶴島となる。推測の域を出ないが、池に突き出した板石が鶴首石だろうか。
亀島へ繋がる橋を渡り、亀島から鶴島を撮影する。北側にも石橋を架けており鶴島には3つの橋を架けていることが分かる。
鶴島を上から撮影。立体的な岩島になっておりユニークなデザインだ。
お寺の方に声をかけ、庫裏から額縁庭園を撮影させていただく。鶴島の岩島は蓬莱山を兼ねているようにも考えられる。そうなると、鶴亀蓬莱庭園となり、しっくりとくる。
山門から本堂へ向かう飛石。日本全国にはマニアしか知られていない古庭園が数多く存在する。このような庭園を整理し解説していくことで、各地の庭園を巡る人が増え、結果として観光が賑わえば良いなぁと思いながらサイト運営をしている。
○ | 鶴島が意欲的な岩島になっており、庫裏から眺めると蓬莱山にも見えるデザインが素晴らしい。 |
× | 特に見当たらない。 |