天台宗総本山・比叡山延暦寺の三門跡寺院のひとつである三千院。門跡(もんぜき)とは住職が皇室や公家によって受け継がれてきた寺院であり、他の2ヶ所は青蓮院、妙法院である。創建は奈良末期から平安初期(782‐806)と伝わる。境内には江戸初期作庭が2つ、平成に作庭された庭園と計3つの庭園がある。
飛び石連休の平日であったが、開門待ちの観光客が10人ほどいた。さすがは三千院。まずは客殿(書院)から聚碧園(しゅうへきえん)の額縁庭園を撮影。江戸時代の茶人でもあった金森重近(宗和の号で知られる)の修築と伝えられ、写真左の曲線を描いた生垣が美しい。余談ではあるが、鎌倉の隠れた名園である一条恵観山荘は、金森重近好みの枯山水とされる。
単調ではない池の輪郭に古庭園を感じさせるが、江戸末期の改修で石組に力強さは感じない。また、植栽が多く池の奥行きを感じにくいのが残念だ。
池には苔付いた沢飛石で対岸に続いている。
開門3分後には、ご覧の通り。最前列の朱色の毛氈(もうせん)は有料の抹茶席。(毛氈:フェルト生地の敷物)
聚碧園(しゅうへきえん)を離れて、往生極楽院横の有清園(ゆうせいえん)へ。日本庭園としては有清園が本丸であり、江戸初期に作庭されたとされる。東側に山畔をひかえ南北に池泉が延びる池泉周遊式庭園だ。
池泉東部には亀島が作られている。亀島には両側から沢飛石で渡れるようになっている。沢飛石左にある立石が亀頭石であり、手脚石も見つかる。
角度を変えて亀島を撮影。亀島は築山になっており頂には中心石となる石を据えている。
池泉南部には分かりにくいが鶴島がある、こちらは両側に石橋が架けられ周遊できるようになっている。
山畔を利用した渓谷状の枯滝石組が確認できる。少々分かりにくいので写真に青ラインを引いている。
別角度から中望遠レンズにて滝石組を撮影。こちらは三段落としの滝とされ、滝上部には蓬莱石と思われる巨石を据えている。滝下部には上品な石橋が架けられ、小径へと繋がっている。庭園内は立ち入り禁止であるが実に品の良い苑路になっている。
有清園南部。こちらの苔には「わらべ地蔵」と呼ばれるかわいらしい小さなお地蔵さん何体かあり多くの方が撮影している。
有清園を抜け階段を上り観音堂へ向かうと、三千院のなかでは余り人が訪れない「慈眼の庭(じがんのにわ)」がある。こちらは平成9年(1997)に中根研究所によって作庭された。中根研究所とは、「昭和の小堀遠州」と称えられた作庭家・中根金作(なかね きんさく)にて設立され、現在は息子の中根史郎が代表となり、本庭園も中根史郎によって作庭されている。
コンパクトな枯山水になっており、奥には意欲的な立石が組まれている。
三千院案内図。庭園が見られる場所に赤色でマーキングしています。
○ | 有清園の蓬莱式池泉庭園は石組に力強さこそ感じされないものの、品格のある優美な古庭園である。周辺が苔に囲まれ神秘的な空間であるのも嬉しい。 |
× | 聚碧園(しゅうへきえん)は植栽が豊かになり、石組の魅力を弱めているのが残念である。 |