興禅寺は、三禅宗のひとつ黄檗宗(おうばくしゅう)で、鳥取藩主・池田氏の菩提寺であり黄檗宗三大寺院である。創建は江戸初期(1632年)であり、庭園もこの時期に作庭された。
紅葉も終わりに近づいた雨の鳥取。朝イチで訪れたのが興禅寺。庭園内を散策もできるが、書院からでもほぼ全貌を観賞できる。また周囲を木々に囲まれたような庭園は、晴天時は陰ができるため、実は曇り空や雨天のほうが美しく撮影できるというメリットもある。
池泉北側に築山とし、東西に登る池泉、東部には太鼓橋をもうけている。鳥取県庁舎庭園を作庭した重森完途(かんと)が本庭園を「江戸初期の庭園が良く保存され、桃山の古法を残した絵画的表現美を誇る意匠」と称している。
築山から左手に向かって、枯滝石組、亀石組、鶴石組と続く。かなり分かりにくいので、後ほど図解。
写真中央が鶴石組と亀石組である。自分でも理解しにくかったので、お寺の方に伺うと、
このようになっている。亀石組の中央が亀甲石、右が亀頭石となる。また鶴石組はAは鶴首石で、Bが羽を休めた状態を模している。そして、右上には築山山頂から枯滝石組が造られている。これを頭において前写真をみてみると、鶴と亀にみえてくるのだから不思議なものである。
築山の東部を望むと石組のない滝のような造形がみられる。その先には水分石のような岩島がある。
手水鉢(ちょうずばち)右手には切支丹灯籠がある。切支丹灯籠とは江戸時代初期にキリスト教禁止令のなか密かに信仰を続けていた隠れキリシタンの信仰物といられる石灯籠である。写真の角度が悪く、分かりにくいが灯籠下部に「神の子」が彫られている。桂離宮には「神の子」が地中に埋まっている石灯籠もある。
再び築山にレンズを向けてみる。左側が枯滝石組の上端となる。極端な巨石はみられないが上品にまとめられている。
池泉西部を望む。高さが均一に揃えられた護岸石組であり、池泉手前の平石は礼拝石だろう。礼拝石:庭園を眺めるビューポイント。
額縁庭園を撮影するために、あえて窓ガラスを閉めてみた。
参拝料200円という低価格にも関わらず、興禅寺では参拝者にお茶とお菓子を頂けるのはとてもありがたい。お寺の方も暖かく、居心地のよい日本庭園だった。
○ | 鶴石組と亀石組の造形を理解すると、いまにも動きそうに見え感動的。 |
× | 特に見あたらないが、解説がないと鶴石組と亀石組は理解しにくいだろう。 |