蓮華定院は鎌倉時代に行勝上人によって開山された高野山真言宗の寺院である。室町時代に高野山の4000寺が焼失したが、長野の豪族による支援により再建。その後、真田家の高野山における菩提寺となり「真田坊」と呼ばれるようになる。中庭は江戸中期に作庭され、昭和初期に改修されている。
山門を潜ったところにある白砂敷きの前庭(表庭)は誰でも見学できるが、写真の池泉庭園(中庭)は宿泊者のみの見学となっている。今回は特別な計らいで見学させていただくことに。
訪問日は11月中旬で紅葉が真っ盛りだった(例年、高野山の紅葉は11月中旬が終盤)。斜面を活用した池泉観賞式庭園であり、池泉の中央に自然石による石橋を架け、築山へと向かう石段が続いている。
岩島は三尊石風に配置され、護岸石組も立派なものである。
ツツジの刈り込みには、三尊石が2セット配置されている。
庭園北部を撮影。滝石組を設けており、下段からは流れを経由して池泉へと導かれる。
渡り廊下から額縁庭園風に撮影。ちなみにこの中庭には樹齢500年を越える松の木がある。
こちらは亀石組だろうか。
先ほどの亀石組と推測した石組を別角度から撮影。
2006年に発刊された「日本庭園をゆく(小学館)」に、蓮華定院の庭園が紹介されているが、サツキの刈り込みが今以上に豊かであり、石組が隠れてしまっている。刈り込みによりかつてより美しい姿になっているのが良い。
築山に面した建物から撮影。
建物は広く、このような美しい苔庭もある。
こちらは誰でも見学できる山門前の前庭(表庭)。一般見学できるのは写真左の参道であり、本写真は中庭の池泉庭園に続く渡り廊下から撮影している。
前庭にも数は少ないが巨石による石組がみられる。
解説によれば、白砂の砂紋は古代インド文字で「クリーク」。池中に咲く白蓮華と、その上で禅上(蓮華定)に入る阿弥陀仏を象徴しているとのこと。ちなみに文字は写真左の場所から見るのが正しい見方で、写真左上のような文字になっている。写真には分かりやすいように赤線を引いている。
○ | 傾斜の立地を活用した池泉庭園が見事であり、限られた敷地に池泉、滝石組、流れ、刈り込みが凝縮されており見応えがあり、紅葉の色合いも相まって非常に美しい。 |
× | 特に見当たらない。 |