松涛庵は、加賀藩12代藩主 前田斉泰(なりやす)の隠居所として東京の根岸(山手線の鶯谷駅近く)に江戸末期に建築。昭和11年に前田家16代によって茶室として整備され「松涛庵」と命名。昭和54年(1979)金沢市内に移築され、平成13年(2001)金沢市が取得して一般公開される。
金沢21世紀美術館を立ち寄ったときに偶然見つけた茶室「松涛庵」。同美術館の敷地内に無料開放されており、茶室も自由に見学できるうになっていた。入園してまず目が留まったのが写真右側の自然石と切石がミックスした「行の延段」。延段には、切石のみの「真の延段」、自然石のみの「草の延段」に分かれる。詳しくは長野県の笹離宮の記事を参考にして欲しい。
茶室「松涛庵」の西側を撮影。苔庭と砂利の境界線に飛石を配置しており、高いデザイン性を感じる。
左の手水鉢は四面仏。茶道とは僧侶が修行の一環である仏への献茶を発展させ、禅の目的である悟りの境地に至るための一手段ともいわる。つまり茶は仏教と共にあり、露地(ろじ)に仏が彫り込まれた四方仏の手水鉢を置かれることがある。手水鉢:身を清めたりするための水を確保する場所。露地:茶室に付随した茶庭のこと。
露地は枯山水風な造りになっており、苔の野筋に挟まれた渓谷に枯流れを設けている。
左は茶室「山宇亭(さんうてい)」で富山県高岡市から移築されたものである。飛石で苔庭と茶室「山宇亭」を回遊できるようになっている。
過去の記事を確認すると茶室「松涛庵」の座敷は常時開放されているわけではなさそうだ。訪問時は自由に入室できたため、額縁庭園を撮影。
別角度からの額縁庭園。腰付障子に横長のガラスをはめ込んだ横額障子により、室内から露地を観賞できる。腰付障子とは、障子の下部に腰板を張り、不注意で足で破れないようにしたもの。一方、腰板がなく下部全体がガラスのものを「雪見障子」と呼ぶ。
松涛庵の案内図 [ 案内図を拡大する ]
○ | 枯山水風の露地は小さいながらも見どころ満載。松涛庵からの額縁庭園も美しい。 |
× | 特に見当たらない。 |