後水尾上皇(ごみずのおじょうこう)の自らの設計によって江戸初期(1656年)に造営された別邸。昭和39年(1964)に下離宮・中離宮・上離宮の間にある水田畑地を買い上げて付属農地とすることで景観維持を行った。現在は宮内庁の管理となり事前予約で参観可能。上皇:皇位を退かれた天皇
修学院離宮(下離宮・中離宮)の後半記事となる上離宮編。中離宮から松並木を経由して、10分ほどで修学院離宮の参観ツアーで最も高い場所になる上離宮の隣雲亭(りんうんてい)へ到着。西山を借景とした雄大な池泉回遊式庭園であり、これほどの規模は日本最大といって過言ではないだろう。
そして、眼下には浴龍池(よくりゅういけ)と呼ばれる人工池がある。音羽川の扇状の地形を活かしてダムを造り、川を堰き止めて造った巨大な池泉である。このダムの土手を石垣で四段に土留しているが、これを大刈込で覆って景観を保っている。記事後半に写真があるので、見て頂きたい。
隣雲亭(りんうんてい)では5分ほどの休憩時間がある。遠くに見える町並みは北山方面である。そして、軒下に目線を落とすと、
漆喰に小石を、一つ、二つ、三つとちりばめるように埋め込んだ「一二三石(ひふみいし)」と呼ばれるモダンな意匠がみられる。
隣雲亭を下っていくと音羽川から流れ落ちる滝石組がある。石橋から撮影してみたが、遠くて細部が分かりにくい。望遠レンズに付け替えて撮影したかったが間に合わず。
滝石組から流れた水は浴龍池へと流れ込む。
浴龍池にある中国風の石橋「千歳橋」は、19世紀前半に京都所司代(きょうとしょしだい)から献上されたもの。京都所司代:江戸幕府が設置した行政機関
浴龍池の中島にある茶亭「窮邃亭(きゅうすいてい)」は、作庭当初から現存している建物。日差しで眩しくないように大きな庇(ひさし)が取り付けられているとのこと。
土橋から浴龍池の別の中島を眺める。
浴龍池の岸辺に造られた舟着は切石が残っている。舟の綱は、優美な立石に繋いでいたとのこと。
左手に船小屋、右手には土橋がみえる。
西浜から浴龍池越しに茶亭「隣雲亭(りんうんてい)」、そして中央には先ほど写真で紹介した滝石組から流れ落ちる雄滝である。
そして、修学院離宮のフィナーレとなる大刈込を松並木から眺める。石垣で川を堰き止めて池泉を造っているが、その石垣の目隠しとしての大刈込は、数十種類の常陽樹を混植して見事に周囲に溶け込ましている。ガイドによる解説もないため、事前知識ないと分かりにくい。撮影ポイントは次の地図に★マークで記しているので参考にして欲しい。約80分の約3kmにわたる参観ツアーであったが、あっという間であった。今回の参加で見所をつかんだので、季節を変えてもう一度参加してみたい。
修学院離宮の参観ツアーマップ。 [ 案内図を拡大する ]
○ | 隣雲亭(りんうんてい)からのシークエンスな借景と、石垣の目隠しとなる大刈込みは見事である。 |
× | ツアー形式であるため、ゆっくりと見学できない。書院では立ち止まって見学できるが、庭園を素通りが多くあわただしい。 |