玉泉園は加賀藩の上級武士であった脇田家が四代にわたって造園した江戸中期の庭園。明治初期に脇田家が金沢を離れた後は西田家が受け継ぐ。昭和35年(1960)に石川県の指定名勝に登録される。
石川県兼六駐車場のすぐ隣に、兼六園よりも120年古い庭園がある。西庭、本庭、東庭、灑雪亭露地(さいせつていろじ)で構成された上下二段式の池泉回遊式庭園である。まずは、西庭から見学開始。東屋から西庭を額縁風に切り取った額縁庭園の撮影。
金沢最古となる織部灯籠。織部灯籠は竿に特徴があり、竿の下部にキリスト像が彫られていることが多い。キリスト像が彫り込まれているのはキリシタン灯籠とも呼ばれ、江戸時代初期のキリスト教禁止令後も、密かに信仰を続けていた隠れキリシタンの信仰物だった。
筒胴型飾り手水鉢(ずんどうがた)。中程に膨らみのない筒胴と呼ばれる縦型手水鉢。通常、手水鉢は茶室近くで茶の湯を組んだり、身を清めたりするものだが、こちらは庭の景色として取り入れられた「飾り手水鉢」とされる。
懐石料理の「ガーデンレストランかなざわ玉泉邸」と西庭。玉泉邸ではクオリティの高い懐石料理を頂ける。ランチで5,000円からと高額だが、食事料金に庭園見学料金が含まれる。
門をくぐると本庭へ。本邸の池泉は兼六園から引いている。
崖地の地形を活かした上下二段式の池泉回遊式庭園で、下段がこちらの「本庭」で上段が後述する「灑雪亭露地(さいせつてい ろじ)」である。池泉を「水」字型に設計した江戸中期の地割とされ、池泉に向かって右手と正面に出島を設けている。また分かりにくいが正面に東滝、右正面に西滝と呼ばれる滝石組を造っている。(右の出島と、西滝は写真から見切れています)
本邸は宋の有名な水画家・玉澗の山水画「玉澗樣山水三段瀧圖(ぎょっかんよう さんすい さんだん たきず)」がモチーフとした玉澗流庭園。パンフレットには山水画と実測図の対比解説があり、一部を写真に図解。奥の2石の巨石で東滝を造り、石橋を渡している、左に麓茶屋に見立てた屋形型置燈篭(やかたがた)、池泉には波分石と不動石により中島を造っている。
東滝の滝上部に渡された石橋は、山水画「玉澗樣山水三段瀧圖」では「通天橋」と称される。本石橋は伊予の青石を使っている。このように玉澗流庭園とは、背後に大きな築山を造り、その間から滝を落とし滝の上に石橋を架けるのが特徴である。(石橋が草木に隠れ分かりにくいので赤ラインを敷いた。)パンフレットには全国に6例のみと表記されている。和歌山の粉河寺庭園や、名古屋城 二之丸庭園などでみられ、実は6例以上の作庭事例がある。調査した時期の違いからだろうか。
左側にみえる家のような石が、麓茶屋に見立てた「屋形型置灯篭」である、なんとも可愛らしいものだ。ただ手前の草で屋形の一部が隠れているのが残念だ。
裏千家茶室「寒雲亭(かんうんてい)」に付随する茶庭。寒雲亭とは、茶人・千利休の千家3代 千宗旦(せんの そうたん)好みで造られた書院造りの茶室であり、裏千家で最も古い茶室でもある。この茶室「寒雲亭」の写しが「ガーデンレストランかなざわ玉泉邸」の「寒雲の間」であり、その茶庭が写真の「寒雲亭茶庭」である。本茶庭は入園料のみで見学できる領域である。
上段の庭園へ向かうと灑雪亭(さいせつてい)へ繋がる。千利休のひ孫で、裏千家の事実上の創始者である千仙叟宗室(せんの せんそうそうしつ)の指導によって作れた。1600年代に建築され、金沢市内に現存する茶室としては最古といわれている。
灑雪亭茶庭。蹲踞(つくばい)の手水鉢が苔付き味わい深い。蹲踞(つくばい)とは、茶室に入室する際に身を清めたりするもので、詳しくは新潟県新発田市の清水園の記事を参考にして欲しい。
「灑雪亭(さいせつてい)」では抹茶をいただくこともできる。知識無しに訪れると雑然とした庭園に感じるが、千利休の縁ある茶室や、玉澗流庭園など見どころ沢山の庭園である。
玉泉園案内図(パンフレットより引用) [ 案内図を拡大する ]
○ | 上下二段式の池泉回遊式庭園で、かつ金沢最古の露地も見学できる。また特筆できることとして、パンフレットの庭園解説が実に深く勉強になる。 |
× | 玉澗流庭園のポイントとなる石橋や、屋形型置灯篭が植栽で隠れてしまっているのが心残りである。 |