古来より神の山として信仰された霊山・英彦山(ひこさん)には複数の国指定名勝庭園がある。そのなかで旧政所坊庭園は、英彦山の最上位の役職であった座主(ざす)と血縁の坊家「曖坊(あつかいぼう)」の庭園が残されている。作庭時期は安土桃山末期から江戸初期頃(1596~1615)とされる。
国指定名勝庭園「英彦山庭園」の一連の庭園群のひとつである旧政所坊庭園。英彦山庭園で最も高い場所にあり、英彦山神宮の裏手から2分ほどで到着できる。スロープカーを利用すれば石段を登らずに見学できるので、高齢者にも比較的安全に見学できる。
本庭園は南庭と東庭が残されており、分かりにくいので図解してみた。もちろん南庭と東庭ということは、南庭の北側に書院があり、書院から眺める池泉観賞式庭園であったことが想像つく。
前日は春の嵐ということもあり、池泉に枯れ葉が覆い被さり、池泉の形状が分かりにくいので、護岸石組から汀を想像していく。ちなみに2017年に撮影された写真では池泉に落ち葉がなく、また2019年に国指定名勝庭園となっているため、おそらく不定期に整備はされているのだろう。
写真中央には地中立石、その左手には少し分かりにくいが枯滝石組がみえる。また右手の護岸石組の上側に山形の石があるが、こちらは蓬莱石となっている。
枯滝石組に近づいてみると、滝添石が大きく、ベロを出したような平石が特徴的だ。これは滝水が水落石を伝わらない「離れ落ち」の形式であることが分かる。
意欲的に組まれた石組。「茶の湯的 ・ 建築 庭園 町並み観賞録」によれば、「縦・横・斜めと奔放に組む手法は、桃山期の石組の特徴」とのこと。
別角度から枯滝石組を撮影。右奥には蓬莱石、その手前には池中立石。
続いて東庭へ。
書院があったと推測する場所から撮影してみる。落葉でこちらも池泉の形状が分かりにくい。
山畔からの湧き水により東庭の池泉に水が蓄えられ、そこから幅広な流れを伝って、南庭へと水が流されていく。
出島が作られており、その入り江には立石による護岸石組がみられる。
別角度から撮影すると、このような角度を付けたもので、先ほど同様に室町時代の特徴といえるのだろう。今回は春の嵐直後で荒廃した感じにような庭園見学になってしまったが、コンディションが良い時期に改めて再訪したいと思ったところだ。ただ、場所柄なかなか訪問できないエリアですね。。。
スロープカーで神駅まで上り、徒歩2分で到着。石段でもアプローチ可能だが、雨天時は石段が滑るため、スロープカーの利用をお勧めしたい。 [ 案内図を拡大する ]
○ | 室町時代の風合いを感じさせる縦横無尽な石組が力強く、古庭園好きには堪らない石組だ。 |
× | 特に見当たらないが、コンディションが良くないタイミングであったため、本来の美しさを見られなかった。 |