臨済宗東福寺派の大本山である東福寺は、鎌倉時代(1236年)に創建。庭園は常楽庵客殿(普門院)の前庭として枯山水と池泉観賞式庭園がある。いずれも江戸初期に作庭されたとされるが、枯山水ができた後に、池泉庭園が造られたとされている。
通天橋からの紅葉でも有名な東福寺。その通天橋の先にあるのが普門院である。こちらは枯山水と池泉庭園のふたつの庭園で構成されており、築山のあるエリアが池泉庭園となっている。撮影している場所が、本庭園の視点場となる常楽庵客殿(普門院)からであり、重森三玲によれば枯山水の背景的なものとして池泉庭園が作庭されたとのこと。なお左手の伽藍が開山堂である。
まずは枯山水から観察していく。平庭式の枯山水として作庭され、苔島は左右に鶴亀石組を配置し、手前は白砂敷きとなっている。これは南禅寺 金地院庭園と同様の様式である。
苔島の北部が鶴石組になっており、本庭園で最も見応えのある石組である。
図解すると、二石の立石が鶴の羽を模した羽石となっている。
少し角度を変えて撮影してみると、躍動感ある鶴に見えてくるだろう。右手の羽石手前にある伏石が鶴尾石、もしくは鶴首石だろうか。
続いて、モッコクの根付近には亀石組がある。こちらも先ほど同様に常楽庵客殿(普門院)から撮影したものである。つまり写真奥に池泉庭園がある。
図解すると、山門に近い場所にある横石が亀頭石、鶴石組に近い場所にあるのが亀尾石とされている。そしてモッコクを中心にして左右にある立石が亀甲石もしくは中心石とされている。一般的に亀石組は分かりやすく、鶴石組は抽象的でわかりにくいものであるが、普門院では逆で、亀石組は非常に分かりにくく、日本庭園史大系(著:重森三玲・完途)の文献がなければ、その詳細について把握が非常に難しい。
山門側から撮影すると、亀頭石と亀尾石の位置関係が分かりやすいだろう。ただ、亀甲石(もしくは中心石)の存在が亀石組を意匠を分かりにくくしている。
開山堂から延段を境にして、左手に池泉庭園と枯山水を撮影。ちなみに作庭当初は延段はなく、枯山水と池泉庭園は一体化していた。
池泉庭園の南部には亀島を造り、北部に亀頭石、南部に亀尾石を設けている。亀島には筏組(いかだぐみ)にされた石橋が架けられており、これは明治期の新しいものである。また築山には枯滝石組を造っている。
枯滝石組。下部には薄くて上品な石橋を渡している。
築山の北部(左手)にも枯滝石組があり、こちらは水落石は水流を表現しており美しい。
開山堂上部にある伝衣閣が六角手水鉢に映されている。
通天橋からの渓谷「洗玉澗(せんぎょくかん)」を埋め尽くす紅葉。紅葉シーズンの平日9時過ぎに到着したが、入場待ち行列はなかったが通天橋は多くの観光客で賑わっていた。実は当日は普門院の亀石組の詳細撮影ができていなかったことに気づき、翌月末に再訪しているため、本記事は紅葉時期と年末に撮影した写真が混じっている。
| ○ | 具象的な鶴石組の躍動感、池泉庭園の枯滝石組の石橋や水落石が美しい。 |
| × | 特に見当たらない。 |