曹洞宗の永明寺は室町時代(1420)に創建。お寺の方に作庭時期を伺ったが時期は不明とのこと。ただ4度の火事により建物が失われ、その後江戸時代には前庭を囲うように回廊があったことや、「茶の湯的 ・ 建築 庭園 町並み観賞録」の記事から庭園を江戸時代と推測する。
津和野は永明寺庭園以外に、椿氏庭園、岡崎氏庭園、財間氏庭園、田中氏庭園と複数の個人邸に古庭園がある町である。個人邸は紅葉シーズンの1日だけ公開など限られた時だけ特別公開となるが、永明寺は不定休ではあるが通年公開である。
永明寺は本堂前の池泉庭園と、書院前の主庭となる池泉庭園に分かれる。メインは写真の主庭であり、中島には橋が架けられ、奥には滝がみえる。
庭園は散策できるため、中島の裏側にまわってみる。この中島は亀島であり、Aが亀尾石(きびせき)、BとCが亀脚石(ききゃくせき)、Dが亀頭石(きとうせき)と推測される。
亀島を北側から眺めると、Cの亀脚石(ききゃくせき)、Dの亀頭石(きとうせき)と思われる石を確認。
橋の麓には、Dの亀頭石が立石として据えている。
庭園北部には、山畔から続く築山に集団石組がみられる。
滝石組は撫坂川から引いた水路から、三段落としの滝石組へと落とされる。その上段には鯉魚石(りぎょせき)風の立石がみえる。鯉魚石とは鯉が滝を登る様子を表現した石である。詳しくは鹿苑寺庭園(金閣寺)の記事を参考にして欲しい。
亀島があるならば、鶴島があるはず。推測であるが、亀島の左手(南部)に出島があるが、こちらが出島形式の鶴島でなかろうか。
先ほどの写真と反対側から鶴島と思われる出島を撮影。右手がその出島であり、左手が亀島である。どうだろうか・・・
場所を移して本堂前の池泉庭園を眺める。庭園まで距離があり立ち入りができず、確認しにくい。
焦点距離200mmの望遠レンズで撮影すると三尊石を確認できる。こちらも苑路を設けて散策してみたいものだ。
○ | 山陰の小京都と呼ばれる津和野に、徒歩圏に額縁庭園も愉しめる池泉庭園がある。 |
× | 本堂前の池泉庭園は、遠目にしか観賞できない。 |