延暦寺の僧侶の隠居所でもある里坊のひとつ竹林院。江戸初期に作庭された里坊庭園であるが、明治時代に個人資産となり同時代に改修されている。
西教寺の穴太式庭園と同じく、旧竹林院も寺院や城の石垣施工を行った技術者集団である穴太衆(あのうしゅう)によって作庭された庭園である。その石垣は山門から受け付けに向かう苑路でみられる。
平成30年より主屋ではリフレクション撮影を楽しめるように、漆黒のテーブルが置かれている。こちらは1階から撮影した「床もみじ」ならぬ「テーブルもみじ」である。おそらく京都で大人気の瑠璃光院に触発されてテーブルが置かれたのだろう。
2階にも同様にテーブルが置かれ、このようなリフレクション撮影を楽しめる。1階と2階の両方からリフレクション撮影できるスポットは全国でも希有である。この日は金曜日ということもあり、混むこともなく撮影を楽しめた。
旧竹林院の北側を流れる大宮川の水を引き込んだ池泉回遊式庭園であり、苔が豊かで優雅さを感じる個人邸宅である。
築山を取り囲むように水路となる流れが作られている。
大正時代に作られた四阿(あずまや)から滝石組により水が落とされている。地形を活かした滝石組であり、本庭園で最も美しいポイントである。
滝上部はさらに流れが作られている。
こちらは大正時代に作られた茶室には蹲居(つくばい)と織部燈篭を設けている。蹲居とは、手水鉢(ちょうずばち)と4つの役石によって構成されたものである。手水鉢は、隣接する茶室へ向かう際など、身を清めるため造られることが多く、そして夜の茶会で使う手燭(てしょく)という明かりを置く石、茶室で使う湯桶を置く湯桶石、そして両手が空いた状態で本人が立ち手を清めるために立つ場所となる前石で構成されている。詳しくは新潟県新発田市の清水園の記事を参考にして欲しい。
蹲居の傍には織部燈篭がある。江戸時代の茶人である古田織部が考案した石燈篭であり、燈篭のなかで私が最も美しいと感じるものである。この場所に設置したのは夜の明かり取りであろうか。この織部燈篭はキリシタン燈篭とも呼ばれ、詳しくは山口県山口市の山水園の記事を参考にして欲しい。
築山の上部から滝で落とされ、周りを囲むように流れを作っている。
流れには水切り石がいくつも置かれている。
写真右上には旧竹林院の借景となる八王子山(神体山)があり、この山頂には日吉大社の奥宮がみえる。ただ、拡大しないと分かりにくいので、赤枠に拡大した奥宮を掲載している。
ふたたび主屋の2階から庭園を見下ろす。この2階は平成26年から見学できるようになったところである。リフレクション撮影を推奨していることもあり、インスタ映えスポットとしても人気がでそうなところである。
○ | リフレクション撮影が思う存分できる。また滝石組と苔庭のバランスが美しい。 |
× | 美しい日本庭園であるが、古庭園としてみるとやや見所に欠ける。 |