興禅寺は室町時代(1434)に創建されたと伝わる臨済宗妙心寺派の寺院。園内には4つの庭園があり、特にモダンな庭園造りで知られる日本庭園史の研究家・重森三玲(しげもりみれい)によって昭和38年に作庭された「日本一広い石庭・看雲庭(かんうんてい)」が有名である。他には、江戸中期に茶人にして作庭家でもある金森宗和による池泉庭園「万松庭」や、平成11年に岡谷市出身の作庭家・小口基實(おぐちもとみ)による2つの庭がある。
石庭は七五三石組であり、石組の線が有機的に動き、かつ中心にポイントを持っていると説明されている。また追う石、逃げる石、受け止める石といった具合に、個々の石の動きを最高度に発揮されているとのこと。もうひとつ注目したいのが石庭前の空間だ。こちらは白黒の市松模様の露台となっており、重森三玲の代表作である東福寺 本坊庭園に通じるものがある。
七石と三石の石組。石は紀州沖の青石で、京都白川砂で砂紋を描いている。
七石の石組の線が有機的に動き、右奥の3石が「追う石」、中央の3石が「逃げる石」、左の1石が「受け止める石」なのだろうか。
5石の石組。見事なバランス感覚だ。
続いて江戸中期に茶人にして作庭家でもある金森宗和による池泉庭園「万松庭」へ。池泉庭園には立ち入りできなく、また刈り込みが多いため石組がよく見えない。
茶室に招かれた客人が主人を待つ腰掛待合。
腰掛待合から茶室「嶽臨」へ誘われ、にじり口から入室。
続いて「須弥山の庭(九山八海の庭)」へ。岡谷市出身の作庭家・小口基實(おぐちもとみ)によるもので、同氏の作品は県内には定勝寺や塩尻短歌館にある。
須弥山(しゅみせん)とは、古代インドの宇宙観に世界の中心にそびえ立つ山であり、要は仏が住する清らかな世界・極楽浄土の意味を強調した浄土式庭園といえる。九山八海とは須弥山を囲む9つの山と8つの海からなる宇宙観であり、本庭園では九つの山を石組で表現し、その周りを砂で八海を表現したものである。
最後は同じく小口基實(おぐちもとみ)による「昇龍の庭」。写真右手前の石が、枯滝石組に向かって進む舟石となる。
枯山水による滝石組を枯滝石組と呼び、また鯉に見立てた鯉魚石を配したものを龍門瀑と呼ぶ。下流から泳いできた鯉が滝を登り、龍へと昇天するという故事「登竜門」を表現している。
この龍門瀑は、下部にこれから龍になろうとする無数の鯉に見立てた鯉魚石を丸石で配し、上段に親子三体の龍が昇天する姿を表現している。当初、滝中央部の石を鯉魚石だと認識したが、寺院の方に確認すると下部の丸石が鯉魚石であると教わった。
龍門瀑では、ここから車で1時間ほどの距離にある光前寺庭園の龍門瀑が鎌倉時代に作庭されと伝わるもので著名であり、豪壮な石組であり合わせて訪問してみて欲しい。
○ | 石庭、池泉庭園、露地、龍門瀑と古庭園の要素がびっしり詰まった庭園好きには堪らない寺院である。 |
× | 池泉庭園の植栽がもう少し間引きされていたら、言うこと無いだろう。 |